どう楽しむか

素敵な発想

二人の子供をお風呂入れて出るまでを計ってみた

 

結果から言うと30分きっかり。
うちの風呂場事情は、順番が決まってます。
私、次男(5か月)、長男(2才)、妻という流れです。

お風呂を入れるのに気をつけないといけないのは、早い内にお風呂の恐怖心をうえつけないこと。
洗う側からしたら理由がなくても、子供が泣くには理由があります。
泣くのは仕方ないと強引にやればやるほど、より泣きますし、不慣れなお父さんであれば、懸命にやればやるほど泣いてしまいます。未知の水という液体にさらされたあげく、神妙な顔をした父をみて怖さが倍増してしまうのです。経験不足の間、当然時間もかかります。変に力が入って疲れるし、腰痛いし。
そういうこともありますが、世の中やっぱり場数ですよね。
上記のことを念頭に、今からすることを伝えながら優しく洗えば、慣れてきますし、お風呂は楽しい。水は楽しいに変わってきます。

頭ではわかってても、疲れてると育児って本当にしんどい。
しんどさを無くすことは、不可能なので、そのしんどさをいかに軽減できるか。
子供は親のことを本当によく見ているので雰囲気を悟ったり、何でも真似をします。
親の影響力の強さ、外へ出ても吸収力のすごさに驚かされます。
子供達に正しい教育をするためにも、負担を承知で育児をこなしていきます。

 

節度を持つ

今回のテーマは節度。
適当、良い加減…。とにかく程よくやることに飢えてます。
仕事をする度、ひしひしと感じてました。

まぁそれはともかく…。
職人が作ったものを消費者がどの程度正しく利用しているか?
道具しかり、食べ物しかり、身だしなみしかり…。

どれだけ高いものを使っても、正しく上手に使えてなければ意味がない。

どれだけ高いものを食べても、正しく調理されたものを正しく食べなければ台無しになる。

どれだけ高い服を着ても、組み合わせや着こなしで、ださくなる。

というように、最近は職人の努力、汗、涙、血、時間の結晶を、インターネットのちょっとしたインパクトのある広告で粉々になってしまう傾向にあります。
先祖代々、理由があってやってきた伝統の行い。意味が二転三転し、間違って理解されてしまう。
上っ面の情報だけでは、中身を正しく処理できない。
結果、常連が離れる場所も出てきました。
高い会費を払って、通う場所だってそうです。
機材やサービス云々で選んでる訳ではありません。マナー、節度のある人達で構成された空間を好んでいるんです。

本来いるはずのない高級な空間に、注意もされず、はしゃぐ子供がいれば、文句が出て然るべきなのかもしれません。
その空間にいることが、プライドである人達もいるのです。

努力して研究して勉強して、地道に行っていたことが、報われない職人。

汗水垂らして、上り詰めた地位を得た結果、今の自分がここにいるというような人達にとって、雰囲気を台無しにされてしまっては、報われない。

最近は、そんなことが見えてきて、文句言われれば言われる程、無茶苦茶な注文をされればされる程、どうにかしなければいけないと思ってます。お互いに無茶は承知。
譲り合うこと、難題を乗り越えて前進することが共存、信頼に繋がっていく訳ですから。

私は、そんな人達とは真逆の人間ですが(苦笑)
本当に残念なやつだなと、そこら中で思われてます。

ただ、正直解決策がわかりません。

地道にやっていくために、今年は疲れない目標を掲げましたが、元が元ですから…。
後は、疲れきってる方が良いこともあります。それは、ネガティブな気持ちにならないこと。漠然と考える時間が生まれると、どんだけ駄目な人間なんだ、食っていけるのかとか余計なことを考えてしまいます。
考えるより体を動かせ。今までそうしてきました。でも父になった今、無計画ではいけないし、懸命に生きれば良いということではないとわかりました。

30そこそこのとーちゃんが、普通を求めて歩みを進める。

当たり前のことができない。
そんなことに苦しめられてます。

言われたことができない。指示通りできない。メモったものを見てもその通りできない。頭に入ってこない。
すぐ忘れる。

頭をつかう癖をつけないと。
ただ最近は、自分を見つめ直す機会が頻発してる気がしてます。
考えて考えて考えまくります。

ダイソン ハイジェニックミストAM10を購入してきました

 

吸引力が変わらないただ1つの掃除機

が謳い文句のダイソンの加湿器を購入。

高額な商品を揃えるただ1つのメーカー

の間違いなんじゃないかと思う程、高いですが、私が買ったのは能力。ハードル高かったですよ。何せ一月のバイト代が消え失せましたからね。贅沢過ぎます。

デザインの良さは後からついてきました。
リモコンが頭にくっつくのも特徴。
出てくるミストを触っても水滴が付かず結露しにくいのは良いが、本体事態の噴出口に水滴ができます。いずれカルキがこびりつくであろうことは、容易に想像できます。ただし、取り外して丸ごと洗浄できます。メンテナンス良ければ問題なし。
音がほとんどしない。機械音のみ。
部品の土台部分だけ重いので倒れにくい。
私の願いは、朝の喉の不調なんです。
私自身は、平気ですが家族が皆、声が変わっちゃってます。
ただ加湿器買うなら半端は嫌だ。文句も言われたくない。意味がない。では困る訳です。
不調の原因は乾燥。
だからこそダイソン。
思えば空調関係はいつも妥協しませんでした。エアコンも半端なかった。

今家で、モコモコとミストが出てます。
私にとっては、それだけで気持ちがよい。
ミストってより、マイナスイオン

…。

よし家計が大変だ、どうすっぺ

チョコ焼きそばの発売に思うこと

ところで今年のバレンタインは、チョコ焼きそばを義理にすることで、全く新しいプレゼントの仕方が生まれたことになる気がしてます。
渡す際に、お湯を入れて渡せるし(笑)
むしろ焼きそばですから、片想いされたうざさに


『お湯は捨ててね』(水に流してね)


と言うのもありかもしれない(ないか)。
食べたことないけど、評価悪そうですし
、そんなこと言われて渡された側は、嫌な思い出(不味い思い出)しか残らなくて、ただの失敗作ではないと言えるかもしれない。

チョコっと考えれば。

 

 

 


…。
暴走しました。慎みます。

その我慢強さはどこからくるのか

 

私は、度々唐突にこのようなことを言われることがあります。
あまり感情を表に出さず無表情、
怒ってるのか眠いのか…何考えてるのかわからないと(笑)

何がともあれ勘違いなので、今回は我慢強さについて考えてみました。

まず私の場合、反応の薄さが起因しているようです。
本当にすごいと思っていても、本当に怒っていても、本当に痛がっていても、本当に疲れていても、そうは見えないようです。

次に頭が悪く容量が小さい。
本当に不器用なやつなので、何かにつけて突っ込みというか悪態なり何なりをつかれます。もう日常的に。
毎日毎日言われて、脳みそから情報がこぼれっぱなしになってる状態ですね。
わざとやってる訳ではないという根本が私を支えています。
否定されても、改善を促されても驚異的にできません。
容量の小ささが、私に我慢を習慣化させた結果、いちいち大きな反応をしないことが良いと判断したようです。

従って我慢強い訳ではなく
言われても平気ではなく
むしろ、ショックを受けてます。

それでも、言われた事をあっという間に忘れるので説得力がありませんが(笑)

切ないですよ。わざとやってるのか?と。正直、自分のできの悪さに頭きて、わざとだよ!って言ってやりたい程です。
言われるまで気づかないなんて、私の海馬どうなってんの?って。

こんな風に外的反応は薄いかもしれませんが、内部は荒れてます。

本来、わだかまりがあれば自分の頭の中で葛藤があって自己消化するものなのですが、生活の険しさが私を変えたようで、最近は文句がありそうなオーラが漏れてしまってるようです。

…。

私の我慢強さの基礎は小学時代に遡ります。
度重なるいじめがあって複数によく殴られていました。
でも転校することなく、周りのサポートもあって中学も一緒でしたが、仲良くなってました。
解決に導けた経験が糧になった結果、それからの私は、いじめに対する恐怖心が一切消えました。
自分の姿勢次第で、いくらでも状況を変えられることに気づいたからです。

我慢強さはどこからくるのか?
人間は一度経験した修羅場クラスの経験を忘れません。二度目はもう修羅場と思ってないのです。
厳しい経験にぶつかっても、真っ正面から受け止めて解決すること。
逃げてばかりいてはいけない。
それが我慢強さにつながるから。

1月の成果

さすがに疲れが出ているようです。
ちょっとした怪我をしたり、腰が痛かったり、子供達と遊べなかったり…。
表面化しないよう心掛けてはいますが、育児に支障が出たせいで今週末は休みの連絡を入れろと妻。
一点張りでさすがに休まないと無理かとよぎりましたが、食い下がりました。
何日も休んでる余裕なんてない。
あー食ってくのって大変だな!
今度から眠かったら、帰って仮眠をとると事前に報告することで、週末の出勤にこぎ着けました。
普通休んで良いと言われりゃ休むけども。
そうも言ってらんねー。
仕事してても家帰っても、言われたい放題の私ですが、文句言われない程度の事はしています。だから、何としても仕事したいというのは本心で、疲れているのは事実だけど、今年の目標がありまして、ちと敷居が高いです。
無理して無理せず、理不尽な事柄を裁き、強欲に動いて、休める隙を逃さない。一家団欒を堪能して次の戦に備える。
私は、まだ発展途上で父としての器はない。
これしきの無理難題は越えられなければ…。

1月の成果は…。

体力温存するには限度があるということが解ったこと(笑)

来月以降は、そんな中で騙し騙しやること。無理を無理だと思わせない技術の向上。交渉術をみがきます。
やれてないのにあかたも平然とやっているような。
ただし、身体は色々サインが出てます(苦笑)
じり貧に見えますが、楽しめているので大丈夫です。
イライラもしてますが。
喜怒哀楽が気持ちよく盛大にできてる内は幸せ。

気づかいに気づかない

 

私は、筋金入りの不器用なやつです。
集中力もありません。
身の回りのもので手先をつかうものは、妻に丸投げしがちです。
物を元の場所に戻せません。

そういう生き方に慣れてしまうと困ったことがあります。

人が良かれと思ってしてくれたことに、気づかないのです。

お前、せっかくやってやったのに…。

とにかく丁寧な仕事をぶち壊しにする。
永遠の悩みです。
まず、自分がそんな丁寧な仕事ができないので、形をみても何も気づかないのです。意味がわかってないのです。
わかったところで同じようにはできません。
正しく作業をする人に教わったとしても、100回やって進歩が見られない程です。
なので、聞いてすぐできてしまう人に憧れます。
私なんかは、そもそも内容を誤解してるところから始まりますし。

あーそういうことか。

 どういうことだったんだよ。

という繰り返しの人生。
仕方のない大人。しょーもな。
それでも、生きてくにはやることやるしかない。やれてなくても。
優しさがないと言われる始末です。
へっしだから仕方ない。

実はものすごい気にしています。
残念に思われてしまっていることに。
笑い事ではないということを誰よりも理解してます。でもできない。
段々、意固地になる。
できなくて何が悪いんだ?
いや悪いよ。よくわかってます。

私のような人は、体力配分も下手。
おかげで子供にやられています。
何とかして身のこなしを覚えなくては。
今更、普通の生き方をする。ただそれだけのことができない。

そういえば子供のために、箸の正しい持ち方を勉強しています。
30余年の月日はだてじゃない。
指がつりそうです。力が入りません。
こんな事でも第一歩だな。
やれることからやっていきます。