どう楽しむか

素敵な発想

何となく研究中の事

家では単純さ、外では複雑さが求められているので、お互いに柔軟になれずに夫婦喧嘩なんてなーそうは絶えないだろうと急に思いました。
必然というか、幸せを求め続けると自然にそうなる。真剣になるからこそ熱くなる。


子供達に対する父親としての当たりだって、昭和と違って母親がしゃしゃり出てくるようになりました。
真っ直ぐの愛情をそそげ、回りくどい必要はない。

だけど、
それだけの事が難しい。
なぜって今まで生きてきたから。
親って子供に自分と同じ失敗をさせたくないじゃないですか?でも結局失敗しないと、気持ちがわからない。
だから、死ぬときだけ助ける(笑)みたいな。それやったら死ぬよ?って。

見守ると助けるの境い目が難しい。その難関を夫婦であーでもないこーでもない言って解決に尽力する。

子供達に意図が伝わる瞬間ってすごい嬉しい。1筋縄じゃないから。


例えば信号の青は進めという合図なんだけど、正確には進むことができる合図であって必ずしも進める訳ではないと濁している。何でも鵜呑みにすると痛い目を見る。
社会のルールや暗黙の了解だってそう。

相手が発する言葉にどんなフリガナが付いてて、どんな括弧が語尾に付いてるのか?
分かっていかないといけない。

そんな事を年中やってるお父さん達からしたら、最初から10を言う訳にはいかなくて。


2で100くらい分かった方が生きやすいのよだって。
一瞬の判断で死ぬかもしれんし。

おっと仕事に戻ります