スポーツも段々とビデオ判定が採用されだして、まぁほぼはっきりと確実な審判が下るようになりましたよね。
良いことなのか何なのか。
もちろん重大事件が起きたとして、真実を知るのは当然だと思いますが、勝負の世界で白黒つけてしまうのは、何だが面白みに欠ける。
グレーがあったって良いじゃない?
ふと、後ろを向いたり、その場を後にした直後に舌べろ出して、
出し抜いた!
やってやったぜ!
セーフ!
平静を装ってしてきた駆け引きの面白さがそこにある。
ただでさえ人工知能だとかに浸食されつつあって、職業によっては仕事がなくなる会社だって出てくる。
機械に限らず、
私が誰々を殺しました。
って交番に自首しに行って、
いや、うちはそういうのは扱ってませんので…。
といって門前払いされる不自然さとかよ。
人間も人工知能みたいなもの。
心がない。
虐待の件もそうでしょ?
子供が残したというノートを何度も放送されて、メディアは視聴者に何を求めてるの?
ただただ辛いです。辛いだけです。
子供の見守りたい隊も見守ってくれない。
子供に優しい社会になってくれ。
…。
私は子供達に心ない人間に育って欲しくなくて、今の世の中は便利な事もあるけど、素直に喜べない部分もあるんです。
丸い卵も切りようによっては四角
同じことでも人によっては角が立つ
普段の振るまいから信頼が生まれ、
華麗な作法から、自信が生まれる。
そして時には失敗もする。
その駆け引きが面白い。
女性との会話で最終的に連絡先を聞き出した同僚を見た者が参考になったと話して、すかさず先輩に
お前がやると上手くいかないから止めとけ
と言われていました。まさに。
やる前からわかってる。
何が違うのか、そういう事を考えながら生きる事をしにくい世に向かってる気がしてならない。
研究をしない。どの職業も。
しない、というより、しにくい世。
時短、時短。
時短も良いけど、飛ばしたステップも地味な作業も、1つ1つに意味があります。
プロフェッショナルは、時短してもそれを知ってる。
ただ一般人は、知らない。知らないのに、カットする。
そして、できなくなっていく。
空気も読めなくなっていく。
意味がわかってないのに、できる訳ない。
…。
ビデオ判定覆るのは結構。
でも、上手すぎてセーフ?って思わせる職人のように、研究や努力をして手に入れた技術を、ネットやテレビをみて
軽々とオレもやってみよーなんて、無理。
…。
私は子供達を心を込めて育てていきたいです。
まずは、親を出し抜いて、それから他の大人を出し抜いていく。
なめてかかって、痛い目を見る。
そういう面白さを学ばせてやりたい。
実験の楽しさを学んだら、何でできないんだ、どこが違うんだ人間にはならない。
難しい事、壁に思う事をどう切り崩していくか、考え方を教えていきたい。