どう楽しむか

素敵な発想

いっぱい感謝しようという話

思いやりは必ずしも言葉で表すものじゃない。時には何も言わないことが思いやりだったりします。

例えば365日健康体なんて、あるはずもありません。
必ずどこかで忘れて、ミスをして、病気になって、喧嘩して、嫌な気持ちにさせてと何かしらの落ち度がある。

そんな時、気づいた周囲の人が思いやってくれる事、そんな事をありがたいと感じる以前に気づかないという現象があるみたいなんです。
はてなのトップに挙がっていた思いやりということばに対する恐怖についてという記事を見てきました。

自分の調子が悪くて、それを察して助けてくれる人達がいてそれに対して感謝をするというのは、どこにでもある日常だと思うのですが。
恐らくは然り気無いアシストも、まるで調子なんて悪くないと思わせられるようなアシストも行動だけなら気づかない。

人間は無意識に協力する生き物で、それに対して与えられたら与え返すもの。
ウィンウィンをやって生きてきました。
自分が上手くやってるときは、困っている人を助けるのが当たり前の事だったのです。

思うんですけど、こういう人達はもう感謝の気持ちを伝える数を増やした方が良いんじゃないかな…。
それに対して別にいいよという言葉を言わせてあげて欲しい。

ちなみに別にいいよって別によくないですからね?

助けた事に感謝された相づちなんですよ。言わば助ける事もマナーだし、良いよっていうのもマナーなんです。

別に良いならもう、ありがとうという必要がないかって…。マナーであるなら必要があるのはわかりますよね?

別に良いよ(そのかわり、私がピンチな時は助けてよね?)と思った方が良いくらいです。

なんてな。
今日は夜中の3時に、子供達に起こされたし休みがないからまともに更新もできてません。限度です。
もう駅か。
仕事に行ってきます