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どう楽しむか

素敵な発想

クレーマーは本当に鬱陶しいものだけど社会の発展にかかせないという考え方

私は以前の仕事で全く関係のないところでクレーマーの被害にあったことがあります。お客様付近の家に住まわれている方からこのような指摘が会社にあったそう。
「お宅の車がうちの車に傷をつけた」
全く身に覚えのない言い掛かりですが警察も呼んで実況見分をするとのこと。
関係のないところで言い掛かりに手間をかけるなぞと思ってはいましたが、会社はお前やったのか?と言いかねませんので同じ車両で現場に行きました。
現場についてもお巡りさんはまだいなかったのですが、そのクレーマーの人(中年女性)は早速ぶつかったとされる経緯を説明しはじめました。
しかしぶつかったならその時にわかりますし、逃げたりしません。そこら辺のクズと一緒にされては困る、という表情を浮かべつつクレーマーの言い分を右から左へ受け流していました。
するとお巡りさんの登場です。
何故かお巡りさんは私の元へやってきて軽くお辞儀をしつつ言いました。
お巡り「ぶつかってないでしょうけどいちようその場所を調べますね?」
と言うのです。
事情を知らないお巡りさんは中立の立場なのに私の味方だったのです。訳もわからず見ているとメジャーで車を計測…。
お巡り「やはりそうですか…。ぶつかってませんね。」
私「はい(当然です)」
そもそもクレーマーの車と私の乗っている車の車高的に(物理的)に当たるはずのない場所でした。
お巡りさんは、私とクレーマー両方にぶつかりようがないことを説明。クレーマーはしぶしぶ退散していきました。
その後お巡りさんは私に言いました。
お巡り「実は…。あの人クレーマーなんですよね。しょっちゅう電話してくるんです。」
…。
というこの件に関して言えば目をつけられるにはついてない相手だったんです。

何処かで誰かがもめごとを起こしては罵声が飛び交うのは残念ながら昔も今もこれからも変わりません。
でもそんなこと言って嘆いてたら世の中やってられませんよ?
悪いこと悪い者に習った場合、私はそうならないようにしよう。そう思うのと同時に二度と同じ過ちが起きないように(自分に関係なくても)経験を生かして工夫することはできます。
…。

クレーマーは本当に鬱陶しいものだけど、社会の発展にかかせない。

そういう考え方でその場を冷静に解決でき、仕事から帰ればそのエピソードを笑いに変えることができたなら言うことはありません。周りも気をつけようという意識になり超ハッピー。

しょうもない失敗だとか事件だとかに巻き込まれてしまっても、めげないためにやれることは山程あります。