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どう楽しむか

素敵な発想

グループ入りしてからの見解パート4

まさかのパート4ですよ奥さん。
毎度のことですが驚きの冷めきった反応ですね。
暇な人のために置いていきます。
見解1
精神グループに参加した理由と見解。
見解2
ストレスの受け方と対処。
見解3
コメントの見解

私の見立てで続編を書き続けても何も変わりはないのですが、埋もれて欲しくないという只1つの希望のために書きます。


今回のテーマはマイペース。
マイペースというのは周りの影響を受けない、自分のできる範囲で物事を行うことを言いますが、精神グループの人は外界に出ると簡単にそのペースを乱されてしまっているような気がします。もしくはペースをコントロールできない。
視線、態度、言動、空気等を悲観的にとらえてしまうんです。

あの視線は私に対するものだ。

今の私の行動があの態度をさせている。

あの言動は怒りからくるものだ。

あの空気は自分が作りだしてしまった。

調子が悪い時は特に顕著に受けとめてしまいます。
例え本当にそうだとしても周囲は言う程気にしているでしょうか?
私の会社では少なくとも全く気にしていません。全くです。むしろそれぞれ対応の仕方を変えて試行錯誤しているんです。冗談が通じない訳ではないんです。ですが言わば冗談が通じてないんです。
何を言ってるのかわからねーと思うので説明します。
…。
何でもかんでも悲観的にとらえるという要素を誰も望んでないということです。
なので気にしたくなくても気になってしまうんです。その結果、気を遣って仕事をしています。
私の発言をマイナスにとらえてしまうかもしれない…そう思って接しているのです。
これは面倒ですし疲れます。
一頻り喋りつくしてしまうという常習性があり、誰も相手してくれなくなった時が一番困ります。あ、沈黙した(笑)
周囲がお互いに助け船を同時に出してしまうという厄介な展開です。
偶然にも誰も相手をしなくなるという悪循環。
人には自分のペースがありますから、そのペースを他人に合わせることなんてありませんがかといって場を冷めさせては自分のためになりません。

自分のペースを乱されずコントロールするためにぜひ楽観的になってみて欲しいです。
例えば漫才をみていて有り得ない人やシチュエーションが出てきたと仮定すると、悲観的であればその時点でもう笑う気になれないでしょう。有り得ないと思ってしまっては過程もクソもないからです。
漫才師がするその有り得ないネタ。普通はそうはならない!と思うのではなく、それぐらいの気持ちでいた方が楽しいと訴えてるんだとしたら不思議とつまらなかったネタが面白く感じますし微笑ましいです。
漫才師は「つまんねー」と言われても顔がニヤけてれば勝ちですし価値があるのだと思います。
…。
悲観的になっても楽観的になるように考え方を曲げるには潔くプライドをすてることです。
明らかに無駄な事なのに価値を見出だせたならその味がわかります。
言う程悪いことでもなかった…私が精神グループの皆さんの記事を閲覧する限りそうなると思います。