どう楽しむか

素敵な発想

みかんこときんかんこ

うちの子は、みかんのことをみかんこと言う。なぜかはわからない。

ママあれみかんこ

そういう具合。

ある日の散歩中。
人様のお宅できんかんの木を発見する。
長男君。これ何かな?きんかんみたいだね。

何ー?きんかんこ?

もうほっこりしかできない。

永遠に改善しないこと

一身上の都合で辞任ですってね。
政治家なんですか?
学校の長ですよね?
前回も記事で書きましたけど、ご近所付き合いのように学校ですら私には関係ない。よそはよそ。
都合が悪くなったからってより、責任とれないからでしょ?ふざけんなよって。
自分の子供殺されて、やばいから1抜けまーす、なんて言われてみてください。


最近人に興味ないって記事が挙がってたな。
何度でも言うが、この世界で生きている以上自分の都合の良い人間とだけ生きるっていうのは無理ですからね?
興味あるない関係なく人に感謝しながら生きることって自然と備わらないのいけないことなんですよ。

興味を持ってくれなんて言葉を使わせるなんて余程のことですからね。
普通言わない。
同じ仕事してて、協力してくれって言われたのに拒否してるようなもの。

仮に人に興味ないという信念を持って生きたとしたら、自分の体がいずれ自由に動かなくなったり、失敗したり、ケガしたり、アクシデントに見回れたりしても、誰も助けてくれない。
自分ではどうにもならなくなる事態は、じきにやってくる。
小さな恩も積み重ねで返されるってこと。
校長なんてのは、児童もしくは生徒一人一人にそれを教えなければならない責任者なんじゃないですか?

29回のただいま分、未熟なこと

1回のただいまに30回程のおかいり。

仕事帰りに子供達のテンションと付き合うとーちゃんは、もう何が何だかわからないうちに今日覚えた新しい遊びに巻き込まれていく。
子供達にとってとーちゃんの帰宅は、1日の総生産。
あれやこれやそれや…。
疲れてると受け止めきれない上に子供達にそれが伝わって面白くありません。
だから、とーちゃんはいつだって疲れてはいけないのです。
子供達にとってかーちゃんが日中自分達の世話をしている間、サボってるってことになってるんですよ。飯食わしてるっちゅーの。
だから、より側にいてくれるかーちゃんがいてくれることで安心してる。
かーちゃんを軸に初めて遊びはじめる。
かーちゃんがどこにいるかわからないのに、遊んでなんかいられません。

そうなってくると、とーちゃんは、かーちゃん以上に面白さを求められる。
子供達が起きている貴重な短い時間に、いかに心をつかめるか。
疲れていてはとてもできない。
いつも、それに悩まされる。
お父さんはつまらないと。

対策はある。できないけど(笑)
簡単に言えば30回のただいまをすれば良いんです。
子供達のテンションに付き合うというより、子供達のテンションに同調する。
とーちゃんが楽しめば、子供達も楽しい。
疲れから、素っ気ない態度をとってしまいがち。
でも、褒める時も叱る時も大袈裟なくらいがちょうど良い。
本当の意味で言いたいことを伝えるには、喜怒哀楽がはっきりしてなければならない。
全力なら全力で返ってくる。

言うのは簡単。でもできない。
コツがない。気合いも長続きしない。
それでも日々生きてる。

長い月日が経って、子供達が恩返しし始めた時、涙が止まらないのは、きっとそうやって日々生きてきたからだと思います。
私の両親も、そうやって生活しつつ、私を教育してくれました。
今、何事にもめげずに立ち向かえています。ありがとう。
まだ私は親として未熟です。
いつの日か、容易く30回ただいまを目指して。

改善してほしいこと

福井の中学生自殺について。
色んな記事が飛び交う中で、女性副担任の存在がえらく目立って出てます。

身震いするほど怒られていた話や、居残りをさせられたこと、そしてここで出てきたか発達障害。その辺がよくわかりません。勉強不足。

自分だけが強く怒られる。どうしていいかわからない。

教師のいじめなんて信じがたくて、記事を見て回ってみましたが、どうやらいじめですね。
先生が子供かよ。
教師に限らず上司もそうなのですが、上に立つものは、個性に合った指導が求められるんですよね。
教師が教えるにもそれ相応の大人な指導が求められる。
指導死だとか言葉の暴力だとか…。
どうしていいかわからないと言わせる程ですからね。何をやっても怒られる気がしたのだと思います。
私の時代の先生と言えば言葉どころか、出席簿で殴られるし、グーパン飛んできたりしてましたからね。
宿題忘れたってグーパン。全く手加減しねー。
それでも、それほど深刻に思い詰めなかったですし、卒業後には先生と笑いあえたんです。
なぜかというと、先生のその指導は『いじめ』ではないからです。
愛があるし。
叱るのも平等。
努力を感じた時は褒める。
喧嘩が発生すれば、双方納得するまで話し合いました。
教頭先生ですら、辛抱強く見守ってくれてました。

ご近所付き合いが良い例ですよ。
家族ぐるみで近所と仲良かった時代と一転。自分達は自分達。よそはよそ。
になってしまったんです。

それが、学校の中に反映してしまってる。
たとえ、身震いするほど怒られてるとこ目撃したって、助けませんもんね。
まるで愛がない。

間違いなく自殺のハードルが低くなっているように感じるんです。
今回はたまたま副担任が問題でしたけど、社会に出れば問題のある人だらけです。
東名の死亡事故も問題のある人でしたよね?
だからこそ、教える立場にある人は、皆それらに対応できる力を持てるよう教育する必要があるし、避けて通るのも不可能です。
いじめに屈しない心。
教える側の教師がいじめなんてあってはならない。
指導死なんてもう2度と見たくない。
頼みます。

精神的な問題でなくなる話

福井の件も少し情報が入ってきたけど、もう少し様子見。本気でうやむやにしてほしくない。


それより頭すっきり的な怒声を秘書に浴びせた豊田議員。
その後
『恥をさらして生きることが償い』
といった記事がありましてそれ事態はふーんだったんですが、その後埼玉の演説で中学生に頭すっきり的な罵声を浴びせられていたといったもの。
これに対してメンタル強すぎだとか何だとか言ってますけど、もう既に恥をさらして生きるって言ったんですよね。
そうなってくるとメンタルの強弱は関係してこない。返ってやる気に満ちあふれてそう。擁護する気はないけど、姿勢をみたらそう思わされました。
どの他人からみても悲惨という状況の中で、自分が180度考え方を変えたとすれば、何でも燃料にできる。

言いたいことが言えないから外でストレス発散なんてのは、塵も積もって崩壊する。

今自分が置かれている状況が最低!
なんてことは誰しもある。
状況が変わらないなら姿勢を変えろ。
上手くいくかどうか話は別として、生きてくにはそれで十分です。

 

運気上昇中

早朝、靴が乾いてなくてドライヤーかけたら、逃げ道のなくなった空気が顔面に飛んできました。
うげー臭すぎだよ。


駅に迎えに来てくれた子供達を素直に喜んでいたのも束の間でした。
水溜まりに思いっきり足を踏み入れた水しぶきでズボンごとやられました。

長男の満面な笑顔も憎たらしかったぜ。
帰ったらそのままお風呂に突入です。朝起きるまで自分の靴のことなぞ忘れてましたよ。
さすがにこれは一度洗った方が良さそうだなー。バクテリーの温床だわな。

たまにはそういう他愛もない話がしたかった。
というのも、必死に手繰り寄せてきた運気が上がってきたようです。仕事も上達。間違いのない仕事するには、我を忘れて失敗してみても良い。目が覚めるから。
そういえば、週末はみっちり仕事三昧だな。
おまけに次男がヘルパンか手足口疑惑だって言っております。
もう普通に仕事に専念できない。
もはや、まるで休んでましたってくらい体力温存に努めたいと思います。

福井の中学生自殺について

福井の中学生自殺について、今の若者はどう思っているのでしょう?

教師の叱責がいじめ?
具体的な内容もわからないで、議論されてますが、私には外野の意見なんかどうでも良い。真相を知りたい。
宿題を忘れて怒られることが自殺の原因になることそのものが驚きですよ。
ちゃんと調べてほしい。
忘れ去られる問題ではなくて、深刻だと思いますし、ただただ絶句してます。

いじめって生徒同士でするのが一般じゃないですか?
いじめって言うと悪いイメージですけど、私はこの世から根絶できるものではないと思います。
だから、その考え方を教えるのが学校。
サポートするのが親と教師。
いじめってより、お互いの長所を伸ばして短所を克服していくようなイメージです。
いじめ=高めあい
ってこと。

いじめる側もいじめられる側も保護者、責任者が度の過ぎない一線を把握して体裁に入るタイミングを見てなければ駄目ですし、双方が納得いく指導をしたら、全校生徒と共に予防策を考えさせることが重要だと思います。

起きたいじめは、
真実を突き止め、
どうすべきかを指導し、
事案を予め防ぐ手段を考えること。

そうして、学習するものでは?
どっちにしろ何があった?